アジアの尾根遺産【インドネシア分室】

ブログ「アジアの尾根遺産」のなかから、インドネシア関連記事だけを移転させました。ただしバリ島とジャカルタは除きます。

Tag:インドネシア

今回はお久しぶりのHJ様による、カリマンタンの体験談です。


ちなみにインドネシア語で「カリマンタン」はボルネオ島全土を指しますが、英語ではボルネオ島のインドネシア領地域を表しています。


カリマンタン島といえば、オランウータンのイメージしか湧かないので、美女とは結びつかないのですが、実はマジ、めっちゃ美形な女子大生の実物画像も頂戴しております。


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ご無沙汰しております。HJです。
久しぶりに当たりを引いたのでお知らせします(笑)

 

◎フィッシング地点は

インドネシアの地方出張が多いので、現地に行くとwechatとかTinderを立ち上げて、どんなもんか状況を見ることが多いのですが、西カリマンタンはポンティアナックにて、下の写真のとおりの女子大生が引っかかりました。


最初はあまり興味がなさそうだったのですが、今回の出張で改めて誘ってみたところホテルに来るというので呼んでみました。


来る前から「写真を送れ」だの、色々と探りを入れてきたので、だったら来なくていいと突っぱねたら、それでも来るというので、業者とかではないかなとある程度予測がつきました。


業者の場合、ここで来なくなることが多いので。

naoshi

 

◎出会い系アプリあるある?

ただ、写真のとおりの可愛い子が来るかどうかはわからないですし、期待せずに待っていたんですが、写真通りのかわい子ちゃんがやって来ました!


顔の肌は若干残念でしたが、150~155cmくらいの小柄ながら、程よい肉付きの身体、大きく弾力のあるオッパイと文句なしのビジュアルに、話していても気さくで、まさに普通の女子大生という感じでした!


ビジュアル・スタイルともに間違いなく、約5年間のインドネシア生活でNo. 1です。

以前からお願いしてた通り、ジルバブつけたままエッチなことさせてくれましたし(アラーに怒られるw)、何より23歳というピチピチの身体を堪能させていただきました!


最中の写真は無理でしたけど、下着姿は平気で撮らせてくれましたww

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1,000,000という約束でしたが、満足したので1,200,000あげて終わりました。


プレー自体はごくごく普通でしたが、後背位が好きらしく、いきなり後ろからスタート!


自分は普段正常位から段階的に変えて行くのでリズムが狂いましたw
近いうちに理由をつけてまたポンティアナックに行きたいと思います!

 

◎管理人より

HJ様ぁぁ、うらやまし過ぎますよぉぉぉ~~~!!!

こんな美人女子大生がお相手なら、1jutaくらい払いますって。


あまりにタイプな尾根遺産なので、顔全体がわかる画像も公開したいのはヤマヤマなんですが、さすがにシモの記事に素人さん?の実物はマズいだろう、と考えている次第です。


旧ブログに以前アップした、同じくインドネシアでのY様による素人フィッシング体験談のときは、修正画像だけにしましたからね。


でも、読者様も実物をご覧になりたいでしょうから、リンクはせずに昨夜、旧ブログに他の画像とともにアップしておきました。


それから「ジルバブつけたままエッチ」、、、、なんて不謹慎、いや、なんて羨ましいコスプレ!!(怒られるかなぁ)

コレは思いつきませんでしたぁ~。私も一度、やってみたいですぅ!


≪管理人より≫

このアーカイブ・ブログの記事は今回が最後となります。

お越しいただきました皆さま、ありがとうございました。

バンコクを後にされたH様はその後、バリ島⇒スラバヤ⇒ジャカルタと行脚されました。ジャカルタでは何と、あの線路脇置屋群(画像)にもトライされたそうです。

◎バリ島・スラバヤにかつての姿は

バンコクではヤワラートの立ちんぼに名残を残し、次にいよいよ自分の第二のホームグラウンド(もちろん第一は日本)であるインドネシアに入国。


まずはバリ島のJl. danau poso辺りの番号置屋を周る。8万ルピアでバイクを借り出発。


20年前は本当に多くの番号置屋やホテルがあり、値段も10万ルピアを下回る安さ。ところが、今や最低でも25万ルピア。


ウオーっと思うcantik(カワイイ)なcewek(尾根遺産)もいなくなった。


次に行ったスラバヤも、ドリーが無くなった今、魅力がなくなった。ここはジャカルタに賭けるしかない。
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◎コタインダーの変化

ジャカルタに到着、真っ先に行ったコタインダーのディスコ置屋群。

レベルが高すぎる。Cantik、Ramping(スリム)、Muda(若い)三拍子揃ったcewekが何人も・・・。


そこで遊んだ18歳のバンドゥン出身のcewekに聞くと、「インドネシア人は細身でスラっとした長身の私みたいな子よりも、オッパイの大きいmontok(ふっくら)な子を好んで、私みたいな子は日本人しか遊んでくれないの」と言うではないか。なんともったいない!


更に聞くと、「ここはsepi(寂しい)なので他に移るのよ」ということである。今考えると電話番号くらい聞いとけばよかった。


ただ、ここもインフレが進んで、38万ルピア。

 

◎H様からの補足情報

コタインダー全店、今まで金魚鉢だったのがカウンターになっていて、近くでじっくり品定めができるようになっていました。


「Biskah berciuman?」(キスできますか?)とか「Kamu beragama apa?」(あなたの宗教は?)など会話ができるので、ハズレにあたりにくいです。


*イスラムだと女の子はクリトリス(intil)を切り取られて感じにくく、すぐgeliとか言う。

◎スラバヤのローカル用風俗は

H様に「オトコの夜遊びガイド:スラバヤ編」で推奨してきたエリアの様子を伺いました。


一店舗に5,6人、25万ルピアでした。

レベルは、30代でmontokの子が多く、キスやクンニOKの子が多くサービスもよかったです。


補足しますと、スラバヤのこの商業区画には、☆番オプションが標準のマッサージ置屋が複数軒あります。


しっかりマッサージもしてくれたうえで、シャワーもあって、トータルで25万ですから、ジャカルタの置屋長屋並か、それ以上のコスパなんですね。

数ケ月前のこと。これまでもお世話になっているYN様から、思わぬ情報が。


チカラン
のジャバベカ工業団地方面に、昨年あたりから怪しい尾根遺産たちの姿が路傍に散見される、と。そしてローカルの話では、彼女たちはカリジョドが潰れて流れてきたようだと。


元:カリジョドの道待娘。こんな情報を聞いて、私がチカランに行かないわけには参りません!

◎その場所は

ジャラン・カリマランといえば、ピンとくる読者様もいらっしゃるでしょう。旧ブログに書いた私の初ブカシ遠征記や、過去記事「カラワンのカフェ・チェウェ」の舞台(地図の赤印)でもありました。いわば「ローカル風俗街道」ですね。


今回の目的地は緑印のあたりです。


ちょっと話が横道にそれますが、このGoogleマップ、今回の執筆にあたって表示回数を見たら、なんとビックリの7,200回超!!


「カラワンのカフェ・チェウェ」と「今は消滅?ジャワ島のカラオケ街道」の記事用に作成しただけのマップに、これほどのアクセス数があったのには正直、驚きました。

ということは、今回のようなインドネシアのローカル風俗探査記事にも、ニードが相応にあるのですね。

 

◎「店舗」ではない場所で

高速道のチカラン・バラット出口からジャバベカ方面(北)に向かい、Jl. Raya Kalimalang に右折したいのですが、そこは右折不可の場所なので、さらにジャバベカ方面に進んでからUターンしてきて左折します。

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しばらく道なりに進むと、左側にコンビニ「インドマレット」が見えてきます。その先から道路工事中で、中央分離帯の片側が未完成なのですが、今は車両通行不可のその場所に、数百mにわたってポツンポツンと尾根遺産が椅子に腰かけています。


店先ではなく、建物の無い場所に椅子だけを持ってきて座っているようです。

道の反対側はほとんど壁なのですが、その壁の前にも数名座っていました。


平日の20時頃なので、まだ勢揃いしていない時間帯と思われますが、それでも総勢で20名以上はいたでしょう。もう少し遅い時間帯には3ケタいる、という話も。


下の動画リンクは一旦通過してから、リッポー・チカラン方面へ戻る際の車内から撮影したものです。尾根遺産の姿は画面で視認できないと思いますが、周辺の雰囲気はお感じいただけるかと。

店舗ではない場所にいるので、カフェ・チェウェ形態では無いものと考えられます。道端にバラックがあるようなので、そこで済ませるのでは?というのがYN様の見立てです。


そうだとすれば、ジャカルタの路傍のテント小屋みたいなものですね。プレイ環境はカリジョドよりも相当劣悪になりますね。

今回はH様のスラバヤ/ドリーの近況です。画像もH様から頂戴した今月のものです。

 

◎思い返せば

私がドリーを知ったのは十数年前、Gダイアリー「風俗開放戦線」猫巻師匠の記事。

当時の謳い文句が“東南アジア一の規模の赤線地帯“。


道を通れば、そこらじゅうのポン引きから「マスッ(お兄さん)」と呼び止められ、賑やかな様相だったらしい。

その記事を読んで、いてもたってもいられず、覚えたてのインドネシア語を磨き、いざドリーへ。

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記事の通り一発80,000ルピア。「murah meriah(めっちゃ安い)」と思わず声が出てしまった。


当時、尾根遺産たちはスレていなく、チップも要求しない。

おまけに田舎から出てきたばっかしの純情な子もいて、やり終えて寝ているとギュッと抱き着いてくる。

 

◎一縷の望みを抱いて

あれから10数年、ドリーは閉鎖されたが、「もしかしたら復活しているかも!」と期待をしながら今回再訪。


いつもの定宿メトロホテルにチェックイン後、クドンドロのDUTAでマッサージ。夜9時になって、いざドリーに出発。

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いよいよドリーに到着。前回の調査と変わらず道が暗い。

あの金魚鉢があった店は廃墟と化し、道を歩けばおやじたちがチェスやポーカーにふけっている。


更に路地裏に進むと、遠くからむなしくダンドゥットのリズムが聞こえてくる。

 

◎遊べなくはないけれど

道端に座っているおやじたちから、ひっきりなしに女遊びのお誘いがあるが、値段を聞いてビックリ!の35万ルピア。


道端に座っているのを見ると合格点には程遠い。警察への袖の下が入った値段なんだろう。

 

◎声をかけてきたのは

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そうこうしているうちに元メインストリートに。今までになかった公園が建設されていた。

その傍でたむろしていたchew学生くらいの女の子が突然声をかけてきた。まさか!!!

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「おじさん、写真撮って!」

ポーズをとっていたので思わずカシャリ。


ということで、今回も復活ならず残念。ドリー壊滅後も細々と続けていた深夜営業のカリマンタンも閉じていた。ここはもう何もない。


昔は、歩けばタクシーやオジェの運転手が声をかけてきたものだが、今は皆無。歩いてメトロホテルまで帰ることに・・・。

アメリカやカナダなど先進国は風俗を開放しつつある中、アジアでは逆風が!昔のよき文化の復活を望むばかりである。

 

◎管理人から補足

>ここはもう何もない


この短い文に、H様の無念が凝縮されているように感じました。


>先進国は風俗を開放しつつある中


そうなんですよね。前にも書きましたが、飾り窓で有名なオランダのアムステルダムでは、同地域に売春ミュージアムを作って公開しています。スイスでは市が管理する売春宿があります。


つまり、行政が「認めて」いるわけですよね。

アジアで、風向きが変わるのはいつ?

◎スラゲンまでの道中

運転手も私もスモーカーということで、1時間おきくらいにタバコ休憩をしながら車はひたすらスラゲンを目指します。

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ようやく案内標識にその文字が出てきたのは、出発からすでに3時間半ほど経過した頃。いい加減、田舎道のドライブに飽きてました。


ジョグジャカルタ
から2,3時間 というのはインドネシア流のサバ読み?だったようで。

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◎スラゲンの街は

「このあたりがスラゲンの中心部ですよ」


運転手が私にそう告げたのは、昼12時過ぎ。すでに出発から4時間以上経過しています。確かにそこには町役場?みたいな建物や大きなロータリーがありました。

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画像の道路がメイン・ストリートのよう。整備されたキレイな地方都市という印象で、置屋が多数ある(あった?)街とはとても思えません。


とりあえずこの道路(Jl. Raya Sokowati)沿いでランチを取りました。

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◎聞き込みした結果

食後の一服をしながら、運転手と一緒に駐車場係員にヒアリングを敢行。


「・・・・・という伝説、知ってる?」

「はい、経験はありませんが知ってます。」

「グヌン・クムクスのその場所まで、ここからどれくらいかかる?」

「そうですねぇ・・・2時間以上かかりますね。」

んげっっ!!


インドネシア流の2時間は、実質3時間以上か?

すでにこの時点で13時を回っています。運転手が「無理っす」という顔で私を見ます。


「じゃあ、途中まで1時間くらい行けば、グヌン・クムクスの写真は撮れるかな?」

「いえ、グヌン・クムクスは丘みたいなもので、遠くから写真は撮れませんね」

ガッ、ビ~~~ン!


インドネシア情報局さんの記事で、麓だか中腹だかに、みたいに書かれてたので私はスラバヤの南、トレテスを連想していました。


トレテスはまさに、山の麓というか中腹にある、置屋街で知られた街です。


どう考えても、ジョグジャカルタに夕方までに戻るのは無理だし、もし仮にあと2,3時間かけてグヌン・クムクスに着いても「その場所」に辿りつける保証はありません。


「この街には他に、置屋とかないの?」

「ん・・・ないですねぇ」

「カラオケとかもないの?」

「カラオケならすぐこの先に1軒ありますよ」


行ってみたそのカラオケ、看板に大きくFAMILY の文字が。こりゃ、ダメだ。。。


という次第で、スラゲンにまつわる伝説の探査は情けない結果に終わりました。

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